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2009/05/02(土) 22:13 いわゆるただの日記
シェリーの腎不全闘病記3
3月10-11日

病院の面会は朝と夕方の一日に二度のペースで行くことにした。
相変わらず隠れて盗み見るような面会で、後姿しか確認することはできない。
しかし、祈ることしか出来ない僕にとって、後姿だけでも生きている事がわか
れば、それが励みになった。

3月10日
BUN=196.5 Cre=9.5
朝の面会では血液検査の結果を知らされる。
一日入院して、結果は上記のようだった。
院長は「ダメだねぇ。もっと下がると良かったけど。昨日と比べたらBUNは12.5
下がったように見えるけど、下がったと思わないで。これは誤差みたいなもんで
下がるならもっと下がってないといかん。Creも0.1上がったように見えるけど、こ
れは変わってないと思っておいて」と言っていた。
とにかくやれることはやっているのでもう一日やってみよう、ということだった。


3月11日
BUN=183.5 Cre=9.4
「下がっとらん。こんな下がり方じゃいかんのだよ。昨日言ったように、下がったなんて
言って喜ばんといてな。そんな数字じゃない。」
院長の言葉だった。
どれだけ祈っても数字に思いが通じない。
現実はこれほどまでに厳しいものなのだと、思い知らされた。
最後に院長が
「3日やってこんな程度の変化なら、、、考えなきゃいかんよ。」
と言った。
放心状態で帰って、言われたことを家族に伝えた。
みんな僕と同じ考えで一致した。
誤差みたいに小さな数でも下がっているのは、シェリーが生きよう生きようと、
一人狭い部屋に入れられながらも闘っているから。
家族に会いたいと、会うまで死ねないと闘っている。
安楽死なんて、このシェリーの頑張りを水の泡のように消してしまう事など、
できっこない。
みんな同じ考えだったのはうれしかった。


この期間で一番苦しかったのは、何もしてやれる事がなくて祈ることしか出来ない
から、思想がオカルトチックになっていくことだった。
つまり、常に神様のような仏様のような存在に向けて祈っていて、少しでも何かで
祈っていなかったり、他事を考えた時に、これで明日の血液検査の結果が悪くなる
んじゃないか、と思ってしまうのだ。
頭の中はシェリー以外のものが入る余地もないほどシェリーのことでいっぱいだ。
とはいえ、やはり普段の毎日を生活する中でやらなければならない事や考えなければ
ならない事も処理しなければならない。
そんなときに祈ってなかったりシェリーの事を思っていない時間が少しでもできたことを
自身に叱責し、そのせいで何か悪い方向へ進むのではないかと不安になるのだ。
そのように、何もやれる事がないせいで思想が宗教的になって、生活の中のあらゆる事に
ジンクスを作り、達成されないと不安になる。この思想で気が狂いそうでつらかった。


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2009/03/20(金) 04:48 いわゆるただの日記
シェリーの腎不全闘病記2
3月9日 BUN 209.9 Cre 9.4

シェリーを入院させたこの日は、自己叱責の念から心が折れそうだった。
しかし、入院にかかる費用の見込み額を聞いて、そうもしていられないと
折れた心を奮い立たせて、すぐにバイト探しをした。探しだして5分で見つ
けた仕事に問い合わせてみると、話は転がるように進み5分で面接の約束
までこぎつけた。10分の出来事だった。面接は翌日に予定した。
それから病院へシェリーの面会に行く夕方までの間、インターネットで腎
不全と闘っている他の犬や猫の日記を読んだりしていた。読めば読むほど
不安に駆られたが、僕らのもっとも考えられる未来がどのようなものになる
のか、辛いのに知ろうとしてしまい読むのを止められなかった。

夕方にシェリーの面会のため病院へ車を走らせた。
その病院の面会では犬は家族と顔を合わせることができない。犬が興奮
して治療に都合がよくないからだと院長は言う。人間だけがこっそりと覗き
見するか、病院のスタッフと同じ白衣と帽子とマスクで扮装して、通りすが
るように横目でチラッと見る程度の面会となる。
ICUの中でシェリーはおとなしくしていた。シェリーが入っているICUの扉は
透明だが、院長が言うには人間の顔の位置だと中からは背景が反射して
写りこんでよく見えないから大丈夫とのことで、思っていたより近づくことが
できた。ごめんねと心の中で謝ったら、さすがに近づきすぎたのかシェリー
に気づかれたようで、院長にもう出てってと言われそそくさと退去した。

夕方に読んだ日記からすると、腎不全で命を落とした犬や猫の多くで、
BUNは210もなく、Creも9.4もなかった。この情報から僕の中でシェリーの命が
続く期待は絶望的になっていた。しかし夕方の面会で見たシェリーは確実に生きていた。
まだ生きている。そのことがどれだけ支えになっただろうか。
シェリーは狭いICUの中で一人で闘っている。シェリーの命に絶望を感じるのは、
がんばっているシェリーに対して失礼だと思った。
だから僕は祈ることをやめてはならなかった。


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2009/03/16(月) 04:10 いわゆるただの日記
シェリーの腎不全闘病記1
3月に入ってから、急にシェリーの元気がなくなったことはわかっていた。
散歩で歩かない、歩速が遅い、食べ物のアピールがない、といったようなことがすべてサインだった。
シェリーの慢性腎不全が進行して症状に表れだしたのだ。
しかし、まったく気づかなかった。本当に後悔している。

3月1日は通常通りだったと思うから、翌日からおかしくなったんだろう。
おとんから朝、吐いたので注意してください、とメールがあった。
たまに吐いていたのでまたそれだろう、とあまり気に留めなかった。そこが落とし穴だった。

それから毎日吐くようになっていった。

土曜日の夜には立ち上がるとフラフラするようになって、そこでようやくただ事ではないことを認識した。
気がついてやるのが遅すぎた・・・。
しかし、また情けないことに自分の無知から、このときはまだ老衰か、風邪のような何か一時的な疾患、あるいは毎日吐いて栄養失調気味なのかと思っていた。日曜日の朝は左目の眼球が外側やや上を向くようになって、ショックで泣き崩れたがこのときもまだ栄養失調によるものだと思っていた。
最も信頼している獣医が日曜休みのため、月曜日の朝すぐに医者に連れて行くつもりでいた。
本当はどこでもいいから日曜でもやっている獣医に一刻でも早く連れて行く必要がある状態だったのに・・・。
月曜の朝には獣医へ急いで連れて行ったが、その頃には、正確にはもっと前から、事態は命にかかわる深刻な状況だった。

医師から慢性腎不全という言葉を聞いて、その可能性がまったくよぎらなかった自分の無知を呪った。
血液検査の結果、BUN 210、Cre 9.4
いつ死んでもおかしくないとんでもない値だった。
シェリーはそのままICUに入れられ入院。退院に何日かかるかはわからないといわれた。

それから罪悪感と後悔でいっぱいになって毎日泣いた。
医師の先生にも何でもっと早くつれてこなかったと叱られ、
自分でも自己叱責と罪悪感にかられて、時間が止まってしまったようだった。
ひたすらシェリーの命が救われることを祈って、それ以外はただただ泣いた。


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2009/01/04(日) 23:23 いわゆるただの日記
新しいパソコンが速くて使え過ぎる
マイと「4年は使おう。」をスローガンに半分ずつ出資して特価パソコンを買ったぜ。

ヒューレットパッカードの。ピカピカでかっこいい

不治の病に侵されたDYNABOOKは処理速度が亀かコアラかカタツムリのように遅くなったので、

僕のブログ離れの最大の要因でもあったわけですが、そこはもう解決だな。

4年は使おう









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2009/01/04(日) 23:00 ひでのりの心配事・不平・不満
NEWS JAPANに対する文句
ニュース番組のNEWS JAPANに対してある不満があったのです。

それはあの番組のテーマ曲

ラッパがうるさい。躍動感たっぷりのリズムがまたうるさい。アクセントまでつけてまぁうるさい。

放送時間を考えて選曲しろ、という苦情を番組の感想として送ったのですが、

感想をありがとうの一言も、もとろん意見を取り入れた様子もなく、

リアクションの無さはまぁ静か





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2008/12/31(水) 23:30 いわゆるただの日記
大晦日の食事
2008年の大晦日は、オトンが帰省して、一号がカウントダウンライブに行って、ベッカムが姉妹で旅行で、僕は夜バイトだったので、家にマイしかいないという事態だったのです。
そんなんだからベッカムが家を出る前に、夕飯に食べなさいとスーパーの寿司を置いていったんだけど、半分イタリア人の僕としては年の瀬に既製品で
夕飯を済ますというのは到底納得できなかった。

そんでマイが夕飯にグラタンを作るという情報を聞きつけて、僕の分も作るよう頼んで、しかもバイトで家を出る前にペペロンチーノの完成直前まで作っておいて、帰ったらすぐできるようにまでしておいた。
そのおかげで帰ったらスムーズに食事にありつけた。

Image269.jpg

2008年はけっこうこだわってペペロンチーノを作り続けた気がする。桜海老で風味を変えたりいろりろアレンジもしたなぁ。
それにしてもペペロンチーノはやっぱり一番難しい


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2008/11/22(土) 23:44 いわゆるただの日記
WANTED!!
2週間前にパンクした自転車を直して乗っていたんだけど、たった一週間でまたパンクしてしまった。ということがあったんですが、先週末はパンク修理するのをすっかり忘れていて、一週間だけマイの自転車を借りて乗っていました。
ところが昨日の朝、自転車の鍵を開錠してさあ出かけようかというところでニットの上着を着るのを忘れて、鍵をまたかけるのが面倒だったので鍵をそのままにしていったん家に戻りニットを探して着てまた玄関をでるという行動、要した時間約一分間の間に、自転車をパクられた。。。

ブリヂストンのいいやつだったのに。マイに申し訳ない。

ブリヂストン製
水色
新川高校というシール付きの自転車を見つけたら、連絡求む。

WANTED!!

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2008/11/03(月) 00:08 いわゆるただの日記
hidenori、hidelogに向き合う
誰かに久しぶりに会うと皆口々に「ブログかいてよ」と言うので、再開について考えさせられてきました。

一番思ったのは更新されていないと知られているうちが縁かなと。

あの人どうしてるかな、って気に留めてもらえてるなんていうありがたい気持ちを裏切るわけにはいかないとその度に思ったのです。

ブログという表現手段がありふれて、飽きたというのもありましたが、やはり気に留めて来てくれる人に何か返したいと思いました。

もう一度ここに僕を表現しようと思いました。


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2007/12/16(日) 22:56 おもった、かんがえた事
下手な運転に見る負のシナジー効果
 注意
この記事は7年半にわたって蓄積した筆者の不満が爆裂しており、長い文章になってしまうかもしれません。読みたい方はどうぞ。




車の運転が下手な奴が多すぎる。

僕は高校生になった春から毎日10キロの道を自転車で移動する自転車生活を続けていて、単純計算でも現在で2万7千キロを走ったことになる。地球一周4万キロで計算して、日本を出発して裏側のサンパウロを過ぎて日本への折り返し地点の後しばらくたったくらいだ。

そんな僕が常々思っているのだから間違いない。


たとえば、こんな道でイライラさせられることがよくある。

下手な運転の絵small

大通りに沿って一本奥まった小道を自転車が走っている。
自転車は大通りと直交する道にぶつかり、それを直進して渡ろうとしているとしよう。
大通りの交差点にある信号は赤で図の車は早く交差点へ着いてもただ待つだけという状況。
自転車の速度と車の速度は、そのままだったらちょうどぶつかるくらいの速度だとした場合を想像してほしい。



こういった場合、理想としては車は小道と交わる交差点までにスピードを緩めるか何かして自転車を通してから大通りへの交差点へ向かうのが良い。

ところが実際には多くの場合、スピードを緩めずそのまま進む馬鹿な車の運転手のために自転車は車の通過を待たされることになるでしょう。

信号が青なら何も文句はないですが、赤信号に向かってそんなに急いで彼らは何をしたいんでしょう?
律速段階になっているのは信号なわけで、次に彼らがスタートを切れるのは同じ時間で、ひいては彼らが目的地へ到着するのも同じ時間なのです。
それに対して自転車の僕が目的地へ到着する時間は、(数秒)×(こんなことが起こった回数)だけ変わってくるのです。
そういったエコノミクスを考えられるくらいの知性があるはずなのにそれを使おうとしないのがもっとも愚かで悲しいです。

人の時間を殺している。その数秒で僕は電車を逃すかもしれないのです。そうした場合彼らが殺した僕の時間は5分や10分となってきます。




「合成の誤謬」という言葉がありますがこれがまさにそれです。
例えば劇場で火事が起こったとします。満員の観客がいっせいに出入り口へ殺到したら、本来なら全員助かったかもしれないものが大きく変わってしまうのです。

周りをよく見れば、個としての利が全体としての損になっていることに気づけるでしょう。
さっきの車と自転車の例なら、車は個としての利すらありません。
まったく馬鹿げているのです。



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2007/12/10(月) 12:51 ひでのりの心配事・不平・不満
二度寝対策
よく二度寝に困らされています。
僕は毎朝5時半に目が覚めてしまって、学校へ行くには早すぎるのでもう一度寝て、次に起きると今度は遅すぎる時間に起きてしまう。

それで対策を考えていて、「5時半に起きたら弁当を作ろう」、と思いついて早速翌日から始めたのですが、、、。

弁当を作ると言っても2~30分で終わって6時になるかならないかくらいにはやる事がなくなってしまうので結局また寝てしまいます。

まぁ二度寝して弁当無しよりは二度寝して弁当有りの方がいいですが。
だったら二度寝しないで弁当有りが一番いいよなぁ。


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