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2007/12/16(日) 22:56 おもった、かんがえた事
下手な運転に見る負のシナジー効果
 注意
この記事は7年半にわたって蓄積した筆者の不満が爆裂しており、長い文章になってしまうかもしれません。読みたい方はどうぞ。




車の運転が下手な奴が多すぎる。

僕は高校生になった春から毎日10キロの道を自転車で移動する自転車生活を続けていて、単純計算でも現在で2万7千キロを走ったことになる。地球一周4万キロで計算して、日本を出発して裏側のサンパウロを過ぎて日本への折り返し地点の後しばらくたったくらいだ。

そんな僕が常々思っているのだから間違いない。


たとえば、こんな道でイライラさせられることがよくある。

下手な運転の絵small

大通りに沿って一本奥まった小道を自転車が走っている。
自転車は大通りと直交する道にぶつかり、それを直進して渡ろうとしているとしよう。
大通りの交差点にある信号は赤で図の車は早く交差点へ着いてもただ待つだけという状況。
自転車の速度と車の速度は、そのままだったらちょうどぶつかるくらいの速度だとした場合を想像してほしい。



こういった場合、理想としては車は小道と交わる交差点までにスピードを緩めるか何かして自転車を通してから大通りへの交差点へ向かうのが良い。

ところが実際には多くの場合、スピードを緩めずそのまま進む馬鹿な車の運転手のために自転車は車の通過を待たされることになるでしょう。

信号が青なら何も文句はないですが、赤信号に向かってそんなに急いで彼らは何をしたいんでしょう?
律速段階になっているのは信号なわけで、次に彼らがスタートを切れるのは同じ時間で、ひいては彼らが目的地へ到着するのも同じ時間なのです。
それに対して自転車の僕が目的地へ到着する時間は、(数秒)×(こんなことが起こった回数)だけ変わってくるのです。
そういったエコノミクスを考えられるくらいの知性があるはずなのにそれを使おうとしないのがもっとも愚かで悲しいです。

人の時間を殺している。その数秒で僕は電車を逃すかもしれないのです。そうした場合彼らが殺した僕の時間は5分や10分となってきます。




「合成の誤謬」という言葉がありますがこれがまさにそれです。
例えば劇場で火事が起こったとします。満員の観客がいっせいに出入り口へ殺到したら、本来なら全員助かったかもしれないものが大きく変わってしまうのです。

周りをよく見れば、個としての利が全体としての損になっていることに気づけるでしょう。
さっきの車と自転車の例なら、車は個としての利すらありません。
まったく馬鹿げているのです。


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2007/12/10(月) 12:51 ひでのりの心配事・不平・不満
二度寝対策
よく二度寝に困らされています。
僕は毎朝5時半に目が覚めてしまって、学校へ行くには早すぎるのでもう一度寝て、次に起きると今度は遅すぎる時間に起きてしまう。

それで対策を考えていて、「5時半に起きたら弁当を作ろう」、と思いついて早速翌日から始めたのですが、、、。

弁当を作ると言っても2~30分で終わって6時になるかならないかくらいにはやる事がなくなってしまうので結局また寝てしまいます。

まぁ二度寝して弁当無しよりは二度寝して弁当有りの方がいいですが。
だったら二度寝しないで弁当有りが一番いいよなぁ。


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2007/12/04(火) 16:43 おもった、かんがえた事
テレビ映像の字幕に関する考察
こないだ海外へ行っていた人が書いたコラムを読んでいて面白かったのが、外国人に「なんで日本のテレビ番組は日本語でしゃべっているのに日本語の字幕が出るのか」と質問され、わかってもらえるよう答えるのに四苦八苦したというものだ。
その著者は「言語の都合で表示されているのでなくて、笑いをとるためのものだ」と答えたそうだが、とてもよい回答だったと思う。
今は不必要なほど頻繁に字幕を入れ過ぎな気がするけど、字幕を入れるか否か編集者の判断が程よい頃は、発言の聞かせどころにだけうまくはまっていた。

それにしても今は字幕が多い。
なぜ日本のテレビ番組はこうも字幕が多いか考えた。

すぐに思い浮かんだのが日本のマンガ文化だ。
日本人はマンガ好きで、マンガには吹き出しのセリフや背景の擬音語「ズドドド」とか「バタバタ」とかいったようなものが多い。

だから音声を伴うテレビの映像にも字幕を入れることによって、実写をある意味、「マンガ化」しているんじゃないだろうか。と思ったのです。

最近ではテレビドラマも映像や台本のつくりがマンガっぽい。
そのうちドラマにもセリフの字幕が入ってマンガみたいになるんじゃないかと思ってしまいます。

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